それぞれの理由

睦月と小梅



 グラウンドで毎日、時には涙を流しながらたった一人で草むしりをする少女を、睦月はいつも教室の窓から部活動に励む生徒たちの声を聞きながら眺めていた。最初はただ眺めているだけだった。部活は嫌いではない。けれど面倒だ。気が進まないので教室で窓の外を眺めて時間をつぶす。これが睦月の日常だった。
 窓の外は毎日同じ景色だ。校庭に植えられている桜の木だけが変化し、季節の移り変わりを教えてくれる。しかしある日、窓から見えるいつもと同じ景色の中に見慣れないものを見つけた。それが、小梅だった。
 小梅はその日から毎日、部活の時間になるとグラウンドに現れた。そして、毎日懸命に同じ作業をこなしていた。最初は気にも留めていなかった。ただ景色の一部として彼女を眺めるだけだった。けれどいつの間にか、その小さな姿に興味を持つようになった。どこの部活に所属しているのか。なぜ毎日草むしりばかりするのか。なぜたった一人なのか。なぜ、泣いているのか。
 疑問が浮かぶと、今度はその答えがほしくなった。睦月はグラウンドの少女のもとへと向かった。汗を流しながら黙々と作業を続ける彼女を見て、睦月はほっと胸を撫で下ろす。
 ―ああ、今日は泣いていない。
 ゆっくりと彼女に近付くと、その気配を感じ取った少女が睦月の方に顔を向けた。

「楽しいか?」

 静かに問いかけると、少女は驚いた表情の中に悲しさを滲ませた。もう一度同じ質問を投げかけると、今度は苦しげな笑顔を作る。

「仕方ないんです」

 そう答えた少女は、立ち上がり睦月に軽く頭を下げて走り去った。納得ができなかった。彼女があんな顔をするのに、「仕方がない」などということがあっていいのだろうか。いや、あってたまるものか。
 睦月は毎日小梅のもとへと足を運んだ。決して彼女を手伝うことはなかったが、ただひたすら作業を進める彼女を眺め、時には話し相手になり、そして別れ際にはいつも同じ提案を持ちかけた。

「俺が連れ出してやる。一緒に来ないか」

 少女はいつも首を横に振る。悲しげで、寂しげで、今にも泣き出してしまいそうな笑顔で。けれど、それでも睦月は諦めなかった。
 ある日、いつものように彼女と別れようとした時、睦月はふと思いついたように言った。

「俺は自分が納得できる答えがほしい。そのためにはお前が必要だ」

 いつもと違う言葉に小梅は驚いた。そして睦月が見たことのない華のように美しくやわらかな笑顔を浮かべると、静かにうなずきほっと息をついた。
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