それぞれの理由

春子と冬貴



「ねえ松本さん、一緒に部を作らない?」

 野球部に入部を断られて落ち込んでいた春子にそんな話を持ちかけてきたのは、クラスメイトの武田冬貴だった。なぜ彼が、何の接点もない自分にそんな話を持ちかけるのか疑問に思い問いかけると、返ってきたのは「だって松本さん、野球部に入れなかったんだろ?」というなんとも間の抜けた答え。

「だからそういうことではなくて、他にも部活が決まっていない人がいるのになぜ私なのかということを聞いてるの。というかなんで私が野球部に入れなかったこと知ってるの」

 野球部に入れなかったことをバカにされたような気がしてつい喧嘩腰になってしまう。被害妄想も甚だしい。春子は自虐的な自分自身に呆れ、突如湧き起こった衝動的な怒りのやり場に困り冬貴を睨みつけた。しかしそれでも、不機嫌な春子とは対照的に冬貴は楽しそうに笑っている。さてどうして俺が知っているのでしょうか、などとなぞかけのように問われすっかり毒気を抜かれてしまった春子は、言葉も出ずただため息をつくしかなかった。

「俺と松本さんって相性がいいと思うんだ。だから誘ってみた。これで部員は二人だ」

 ついさっきまで話をしたことすらなかった相手と相性がいいなんて、何を根拠に言っているのだと春子は思う。それにまだ返事もしていないうちから部員の一人として数えられていることにも納得がいかない。

「四人集まれば部として認めてもらえるらしいからあと二人だけど、二人なら当てがある」
「ちょっと待って。私まだやるって言ってない」
「じゃあどこの部活に入るの?」

 春子はすぐに答えることができなかった。初めから野球部に入る気しかなかったのだ。まさか入部を断られるなんて思ってもみなかったので、他の部活のことなど考えたこともない。黙り込んでしまった春子に、冬貴はゆっくりと手を差し出した。

「決まりだな。松本さん、きっと楽しい部活になるよ」

 ―あ、そうそう。あと二人って言うのはね、隣のクラスの氷堂っていうわけわかんないやつと坂下っていうなんかうるさいやつ。松本さん知ってる? 目を輝かせて話す冬貴に向かって大げさにため息をついて見せ、春子は冬貴の手を取った。



「あの時さあ、うちの学校が甲子園に出場した次の年だったでしょ?だから入部希望者が多かったらしいんだよね。マネージャー希望もいっぱい。元々マネージャーが多かったし、だから新入生からの入部希望は全部断ってたんだって。まったく迷惑な話だよ」

 春子はただの興味本位で野球部に入部しようとしていたわけではない。純粋に高校野球が好きで、一生懸命がんばる球児たちの支えとなるマネージャーになりたいと本気で思っていたのだ。けれどいくらその強い思いを伝えても、野球部の主将が首を縦に振ることはなかった。

「でも結局この執行部に入部できたんだから、よかったじゃないか。俺が誘ってあげたことに感謝して」
「何様のつもりだ」
「冬貴様」

 あの頃からずっと、春子と冬貴の関係は変わっていない。春子はいつも冬貴のペースに巻き込まれ、流され、溺れそうになったところを巻き込んだ張本人の冬貴に助けられる。様々な不満を呟く一方で、非常に充実した時を過ごす自分がいるのも事実なのだ。

 春のあたたかい日には、あの日のことをつい思い出してしまうのだった。
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