道しるべ



「ねえ君、知ってる?人って生まれ変わるんだよ。」

初めて出会った時、少年は言った。
その唐突すぎる質問に答えられずぼけっと立ち尽くしてしまったことを、今でも美晴は覚えている。



真っ白なドアを開くと、ドアと同じく真っ白で汚れ一つない壁とベッドが目に入る。
ベッドに横になり窓の外を見ていた少年は室内に足を踏み入れた美晴に視線を移し、にこりと微笑んだ。

「美晴、海が綺麗なんだ。キラキラ光ってる。」

何もない病室で過ごす少年の楽しみといえば、訪れる医師や看護師、見舞客と話をすることか窓の外の景色を眺めることくらいだった。
毎日毎日同じ景色を見て何が楽しいのかと美晴が問うと、少年は笑顔を崩さずこう言う。

「時間や天気によって全然違うんだよ。」

何がどう違うのかわからない美晴は首を傾げる。
その様子を見た少年は、少し間を置いて続けた。

「今の海は金色。朝の海は白く光ってた。昨日は曇ってたから海もちょっと暗い色してたかな。」

美晴が見る海はいつも同じ色だ。まるで美晴の心の中を表すような、暗くよどんだ青。
どれだけ時間が流れても、美晴の目に映る景色が変わることはない。いつも同じ毎日の繰り返し。目の前にいる、少年以外は。
少年は日に日にやせ衰えていく。頬はこけ、肌は青白く、伸ばされる腕は美晴のものより細い。

「美晴も毎日違う。毎日違う一日を過ごしてるから。」

頬に添えられた手に自分のそれを重ね、美晴はこくりとうなずいた。
あたたかく笑う少年の手はひどく冷たく弱々しく、美晴が自分の熱を与えるように強くにぎると、少年の顔は悲しそうに歪んだ。

「でも美晴は毎日悲しんでる。僕のせいだね。」

いつの間にか太陽は沈み、紺碧の空には小さな白い光がいくつも瞬いていた。
少年は再び窓の外に視線を移し、星の光を映し静かに揺らめく波を見つめた。
初めて出会った時も、少年はこうして夜の海を眺めていた。ただそれは、こんなに静かでつまらない場所ではない。もっと広くて、もっと色があり、もっといろんな音が混ざり合った、潮の香りがする砂浜。
あの頃に戻りたいと、何度願っただろう。あの頃に戻れたら、少年と二人の時間を精一杯生きたのに。
こんな未来が待っているなど、あの時は想像しもしなかった。

「美晴、過去はどんなことをしても変えられないんだ。誰にも変えられない。」

少年の瞳には、夜空の星たちのような明るく澄んだ美しい光が煌めいている。

「美晴、人は生まれ変わるんだよ。」

あの頃と同じ強い意志を宿した瞳で、少年は美晴を見つめた。

「人は、生まれ変わるんだ。だから僕は―・・・」

―僕は、未来で美晴を待ってる―



美晴は少年と共にある未来を願っていた。
それが叶わないと知った時、美晴は未来に絶望した。
けれど少年の言葉は絶望を希望へと変える。
再び美晴を未来へと導く道しるべとなって。
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